小説

2008年11月10日 (月)

小説『ヒトのウラ』

最初は名前なんて無かった。

「オイ」とか「お前」とかそんな風に呼んでた。それだけで事足りるのだ。

本当は名付けをしなくてはならないのだが、今までしたことがなかったのでなかなか思いつかなかった。

だが、初めての仕事でそいつの姿を見たとき

フッと自然に頭の中に浮かんできたんだ。

*********************

「飛燕!!後ろ!!」

俺の言葉と共に、飛燕は軽くトンと地を蹴って空中に舞い上がる。

着物の裾がヒラリと翻った。

月光に照らせれて黒髪がサラサラと靡き、輝く。

俺は目を閉じた。飛燕との縁を一心に手繰り寄せ呼吸を合わせる。飛燕が“あっち”へ引っ張られないように意識を研ぎ澄ませる。

飛燕は影の動きを先読みし、飛ぶようにヒラヒラとかわしていく。まるで踊るように、軽やかに。腰から刀を抜き滑るように空気に切り込みを入れるような手つきで、スッと一斬り。

影は悲鳴をあげて後ずさりをした。右肩がズッパリと斬れている。

「何か・・・アレがアタシの一部だったと思うと・・・居た堪れないわね・・・・」

少女が顔をひきつらせていた。

「正確に言うとアレはお前の一部でもなんでもない。ただの思いが形となって現われているだけだ」

集中しながらしゃべるのは癪だが、そんなに障害にもならないので一応説明する。

「飛燕!!受け取れ!!」

怨封じの札を投げて飛燕に渡す。飛燕が手をのばしてそれを受け取った。

影がその札を見て顔をひきつらせている。

「なんであいつが飛燕っていうのか・・・・分かるか?」

「え?」

突然話しかけたので少女は少し驚いたが、俺は続けた。

「あいつはさ・・・・飛ぶんだ。燕みたいに、自由に月の下を・・・」

だから俺は・・・・・・・・・・・

闇雲に突っ込む影をかわして飛燕は跳躍して、飛んだ。

クルリと旋回し、影の後ろに回り込む。

「さよーならぁ」

ニコリと微笑み影の背に札を貼る。影の動きが止まった。もうどんなに力を入れても動くことなどできはしない。

影が飛燕を見た。怯えた表情で、その眼から涙と絶望を流して。

存在を消される恐怖で頭が真っ白になる。

や・・・め、て・・・・殺さない、で・・・・

それでも飛燕は躊躇しない。そんなことでためらっていたらやっていけないのだ、この仕事は。

寂しげな飛燕の表情に影は再び怒りを感じたが

何かを言う前に、一閃が走った。

ヒュッと飛燕が刀を振り下ろすのと同時に、影の存在は消えた。

跡形もなく

消滅した

「ふーっ・・・・終わったよ。サジ」

ニッコリと先ほどとは違う安堵の笑みを見せながら、飛燕がこっちに走ってきた。

「何かフクザツー・・・・」

少女は青い顔をしている。自分が殺されたようで気分が悪いのだろう。

「あー疲れた疲れた。さてと、飛燕。今日はこれで終わりだ。帰るぞ」

「はいはーい」

そうして歩きだそうとしたが何かが俺の着物の裾をつかんで離さない。

見ると、少女が裾をつかみながら俺をふくれっ面でみている。

「な、なんだよ・・・」

「何か、忘れてない?」

そう問われたが、俺は知らん顔で応えることにした。

「さーて、何の事やら・・・」

その瞬間

何かがプチっと弾けた。

「何でも聞くって言ったでしょおおおおおおおおおお!!!!!」

ボクッという何かを殴る音と共に、朝が近づく空に悲鳴が響き渡ったのだった。

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小説『ヒトのウラ』

寝室で寝ていたら突然誰かに襲われた、だから悲鳴を上げた。

「な、何だ!?お前はっ!?」

布団から這い出て後ずさりするも、襲ってきた者もじりじりとこちらに近づいてくる。姿は暗闇なので影のようでよく見えないが、背の高さや大きさからして小さな女のようだ。

その手には暗闇なのにきらりと光るものが握られているのがわかる。

いつも自分がそばを切るときなどに使う包丁だ。

「や、やめろ・・・・っ、何だ!?金目的か!?・・・く、来るなァアっ!!!!!」

背が壁につき、これ以上後ろに下がれなくなり逃げ場もなくなった。

そば屋の主人はうろたえた。口を大きく開けて呼吸も荒々しい。

しかし、その影は止まらない。目の前に来ると何かをつぶやきながら包丁を両手で持ち直し

そして、頭の上まで振りかざして

主人めがけて一気に振り下ろした。

影は笑った。存在の意味を知ることが出来て笑った。

そうだ、自分はこのために生まれてきたのだと、喜びに心を躍らせていた。

しかし、そんな狂喜もつかの間。

振り下ろしたはずの包丁の刃がもち手の部分から吹き飛んだのだ。

そのまま包丁の刃はくるくると旋回し、主人のすぐ左の畳の上にストンと落ちた。何が起こったのか分からず、影はそのまま手元の持ち手と刃と主人をそれぞれ交互に見ることしか出来ない。

「あっぶねー・・・・・ギリギリセーフ、といったところか・・・」

寝室の出入り口に人が立っていることに気づく。自分とは違ってそいつは人間だった。とたんに怒りが全身を駆け巡り、何かを発狂させる。自分の存在をこの男に否定された気がしたからだ。後から後から体を引き裂くように怒りが沸騰して沸いて来る。

「おっと、あんまり刺激しすぎないようにしねェとな。せめて怨思になっているうちに始末してやるよ」

そんな言葉も耳に入らず、影は標的を変えた。

こいつだ。こいつを殺さなければ・・・・。

自分の存在を否定する、この人間の男を始末しなければならないのだ。

「あ゛ぁ゛あぁあ゛あぁぁあ゛っ!!!!!」

男に向かって走りだす。殺さなければ・・・殺して、自分の存在を・・・・

「サジっ、あまり刺激するな!!余計厄介なことに・・・」

目の前に突然少年が現れ、影の胸倉をつかみ投げ飛ばした。回転する視界の中に長い黒髪が映る。

「へーいへいっ、わーったよ。そんなことよりとりあえずそいつ、外に出すぜ」

影は起き上がりながら少年を見上げた。

何故だ・・・・・・・

何故自分と同じコイツが、人間の手助けをしている・・・・

少年もこちらを見返し一瞬哀れみの目を向けた様に見えた。

何故コイツはそんな目で自分を見ている・・・・・・

そんな目で・・・・・・見るなあぁあぁぁああ!!!!!!

耐えられない・・・・

同じはずの・・・・・・コイツが・・・・・・何故・・・・・・

「サジっ!!!!」

再び突っ込んでくる影に即座に反応し、男と少年が体の向きを変えて走り出す。影もそれを追いかける。主人の上を踏みつけ、乗り越え、ただ一点を見つめ走った。

男は走っている途中途中で椅子や机を後方へなぎ倒しながら、戸まで走りけり破った。

そのままの勢いで外へ出たが、目の前に小さな人影が飛び込んできたのに気づく。

「うおおおおおおおおっ!!??」

「きっ・・・きゃああっ!!!」

そのまま激突し、二人一緒に倒れた。

「いってェー・・・・・・ん?・・・あ、てめェっ」

男は起き上がり、ぶつかった人物の顔を覗き込んだが、それは先ほどの少女だった。

「いったたぁ~・・・ちょっと、何すんのよっ!変態!!」

「誰が変態だ!!・・・てめェ、何でついて来てんだよっ!!!この元凶がよっ!!」

男に睨まれるも少女も負けていられないようで、さらに睨み返す。

「何が元凶だよっ!!アタシは、アンタに聞きたいことがあんのよっ!!それを・・・何も聞かずにっ・・・・あっ!」

少女が男の後方を目を見開いて見た。男もそれにつられて後ろを振り返る。影がすぐそこまで迫ってきていた。瞬時に少年が間に割ってはいる。

すぐさま少女を抱きかかえ、少年が影を押さえた本の少しの間に、そのまま、二、三跳躍して影と対峙する形になった。

影が少年を振り払う。

「おめェ、俺に聞きたいことがあるんだってなァ・・・」

抱きかかえた少女を下ろしながら言う。

「え?あ、うん・・・・」

「今はそれどころじゃねェ。仕事が終わったらいくらでも聞いてやるから、とりあえず下がってろよ」

そう言って少女がしぶしぶ下がるのを確認すると、再び向き直った。

「サジ・・・・・」

少年が指示を待つように男の方を振り向く。

「ああ、飛燕・・・。そうそうにケリをつけようぜ」

飛燕と呼ばれた少年はかすかに微笑んで、そして影めがけて走りだした。

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2008年9月28日 (日)

小説『ヒトのウラ』

「ハァー・・・今日も最悪だったなァ・・・」

一日の仕事を終えて、疲れた足をふらふらさせながら帰宅する。

そば屋の裏口から外へでてほっと一息つき、暗くなった空を見上げた。

「・・・今日は満月なんだ」

まだ地平線はうっすらと明るいが、月がひょっこりと顔を出していた。明るい光が少女の顔を照らしている。

そのまま伸びをして、首を左右にコキコキと曲げた後、少女は歩き出す。

明るい月を見上げながら今日あったことを振り返ってみた。一人でいると色々な事が頭をよぎっていく。

(今日はとにかく最悪だったなァー・・・・何でいっつも店のオヤジ、私に怒ってくんのかしら。私はただ、しっかりと言われたことをこなしてるつもりだし、何も余計なことなんてしてないじゃない。

それを、ここがなってないとかもっとちゃんとした態度で仕事に望めとか・・・・・・・・・

私が何したっていうのよっ!ちゃんとしっかりやってんじゃないっ!アンタのほうがしっかりやってないじゃない!そんなやつに言われる筋合いなんてないわよっ!

もう、ホンット最悪・・・・・)

そうして、ポツリとたった一言・・・・・

言った。いや、言ってしまった。

「あんなヤツ、死んじゃえばいいのよっ。まったくもう・・・」

本当に心の奥底から言ったわけではないわけなのだが、そう思ってしまうことも多々あった。

独り言だった。誰も何も聞いてないし、何かが起こるなんて予想だにしていなかった。

そして、それは起こってしまった。

ズルンっ

「!?」

一瞬のことだった。

自分でも何が起こったのかわからなかった。

しばらくその場で動けなくなってしまい、やっとのことで周りを見渡し何もなかったことを確認する。

背筋がゾクゾクとした。冷や汗が流れ出る。

後ろを振り返ってみた。

何もない、いつもの道が闇に向かって伸びているだけ。

(きっ、気のせいだよね・・・疲れてんだきっと・・・・だからこんな変な幻覚とか起こるのよ・・・きっとそうよねっ)

そう思って、今度は早足でその場を急いで離れる。怖かった。得体の知れぬ恐怖が背中から全身へと伝わっていく・・・。

さっきの感覚は、たとえるなら、そう。

何かが自分の中から抜け出した感覚だった・・・。

拭い去れない感覚と恐怖と戦いながら、必死で走った。

しかし・・・・・・・・・

「うわっ・・・!」

目の前に何かが突然現れた。そのままそれと激突してしまう。

硬くはなかった。壁でもない。

温かい。体温。

人間だった。

「あ、・・・・・・・・・えっと・・・・・す、すみません」

見上げて顔を見ると男だった。ただし、前髪が長くて目にかかっているのでうまく表情が読み取れない。

怒ってるのか何か言おうとしているのか分からないが、こっちをじっと見つめている・・・のかどうかもわからないのだが・・・。

ちょっと会釈してそのまま男の脇をすり抜けようとすると、何故か右手をつかまれていた。

「あ、あのー・・・・・・何か・・・?」

そのままぐいっと引き寄せられる。男は少し屈んで少女と目線が合うようになった。少しだけ男の目が見える。中々顔は整っているようだ。

なんだろう、この男は・・・。何がしたいのだろう。いい加減悲鳴でも何でもあげて助けを求めようかと思っていたところ、男が口を開いた。

「もう、抜け出た後か・・・・」

「・・・えっ?」

何といったかよく分からなかったのだが、確かに抜け出た後とか何とかいった気がする。

でも、そんなことよりも・・・・・

「ちょっ・・・・・ちょっとっ!離しなさいよっ!・・・・何なのよっ!いい加減人呼ぶわよっ!・・・この変態がっ・・・」

「シッ!!静かにしろっ」

男が手で口を塞いできたので急いで振り払う。さっきから何なんだこの男。自分をどうしようというのか。

売春目的なのか何なのか、そういった類の者に違いない。

「あんたねっ、あたしはこんなところで人生捻じ曲げたくないのっ・・・・・売るならほかの女売りなさいよっ!」

「・・・・いや、何と勘違いしてんのか知らねェけどさ・・・俺たちはそういうんじゃなくて」

「・・・・俺達ィ?」

この場にはこの男一人しかいないはずだ。他にもどこかに仲間でも待機させているのだろうか。

それならなおさら危険だ。もう、自分は駄目かも知れない。

「うぅっ・・・・ひっく・・・・さよーならァァァ!!お父さァァん!!!お母さァァん!!!」

「ちょっ・・・何!?こいつ?」

男がこっちを見て困っているようだが、今はそんなの関係ない。早くこの場を立ち去らなければ・・・・・。

気づけば男が手を離していた。少女が泣き出したので、驚いて手を離したのかもしれない。

(この隙に・・・・っ)

そう思い、踵を返して走り出そうとすると

「いけないねェ、サジ。そんなやり方だと本当に変態と間違えられるよ」

さっきまでいなかったはずの少年が目の前にいた。長い髪が風にサラサラと流れて、白い肌が月光に反射しているようだった。

いや、自ら光っているかのようにも見える。

「あははっ、だっていきなり腕をつかんでさァ。そりゃあお嬢さんも困りますよねェ。ね?」

妙に明るく笑いかけてくる。ちょっと不気味だ。

「っるせーんだよっ!!それより早く怨思見つけ出さねーと・・・・っ」

「えっ・・・?」

男が急いで早口で言った言葉の中に、気になる単語を見つけた。

「今、あんた・・・・怨思って言った?」

もし、そうだとしたら・・・・こいつ等は・・・・。

しかし男はそれを無視して続けた。

「やっぱり本体(からだ)よりも抜け出たほうを探したほうが、早かったな」

「それじゃあ、行こうかねェ・・・サジ。じゃあねー、お嬢さん。気をつけて帰るんだよー」

ひらひらと手を振りながら少年が横を通っていく。

「ちょっ・・・・ちょっと待ってっ」

少女が言ったときには、もう二人はいなかった。

・・・・・・やっと、やっと自分の道が見え始めたと思ったのに・・・・。

足が動いた。

はっとここで気づく。自分はどこに向かっているのだろうと。

家とは真逆の方向に向かっている。

そして悲鳴が聞こえた。この方向は・・・・・

「あたしの奉公先の・・・・そば屋?」

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2008年9月 3日 (水)

小説『ヒトのウラ』

アイツに会ってから、今まで寂しいと思った事は無い。

お天道様の下に出れないというのは寂しいけれども・・・・・・・・。

どうせ己の体では、月の下でしか生きていけないのだから、分かっているからそんな事は望まない。我侭なんて言ったら、アイツに迷惑をかけるだけだから。

今の自分は、アイツに出会うまでの自分と全く違う自分だ。

誰かに必要とされていることで、生きがいを感じ、日々誰かを助けたいと思っている。誰かのために何かしてあげたいと思っている。

一年以上前は、こんなこと微塵も思わなかった。人間なんて助ける価値も無いと思ってたし、己とは異なる世界で生きているのだと軽蔑していた。どうせ会話もすることもできないし、誰も自分を見ようとしてくれないからだ。実際、「見ようとしない」のではなく、「見えない」のだから仕方が無いことなのだが・・・・・・・・。

アイツに出会ったとき世界がまるで違って見えた。白黒だった世界に色が着いてみえた。己は存在していいものなのだと、必要とされているものなのだと、気づかせてくれた。

生きていなくても、たとえ人間として生きていたころの記憶が無くても、己は今ここに存在していて、自分の意思で考え行動することができて、会話することもできる。

人間と何ら変わらない。生きているのだ。存在していて、生きている。

あのままだったら、己は「怨思」になっていただろう。周りが見えなくなり、理性さえ失なって、人間に怒りをぶつけるただの怨念の塊になっていただろう。

生きがいをくれたアイツにどんな形であっても恩を返すのが、相棒として当然のことだと思う。今は、アイツについていくことしか出来ないのだけれど・・・・。

いつか、仕事以外でもアイツの役に立つことがあれば、

私は

自分の役目を果たせたと言えるのだろうか・・・・・・・。

****************************

「ふぁ~あ・・・・・・・んぉー、月やっと出てきたな」

満月が徐々に山の麓から見え始めたころ。

一人の男が、眠りから目を覚ました。眠ってたといってもたったの数刻で、ほぼ仮眠状態なのだけど。

長屋の一室。窓から細く月明かりがさしている。それでも全然暗いので、男は手探りで蠟燭を探し火をつけた。

ボウっと辺りがやわらかい橙色の明かりに包まれる。それでもまだまだ暗いのだが。

眠気と戦いつつも、着替えてさっさと支度をする。

「あーぁ、眠ィ、眠ィ・・・・いつになったら俺はちゃんと寝れるようになんだよ・・・・。大体、他のヤツもここの地区やってみろよ。一番人間がいるところなんだぞ・・・・・・・どんだけ大変だと思ってんだ。チクショウ・・・・」

文句を言いながらも仕度を終えた紗璽は、のたのたと長屋を出て目的地に向かう。

相棒がいなければ話にならない。そもそもこの仕事は二人(といっても相棒は人間じゃない)一組で行うものなのだ。

いくら面倒でも一人では出て凝れない相棒のために、わざわざ迎えに行ってやらなければならないという面倒さがあるが仕方ない。

下町にはうっすらと霧がかかっていた。

「・・・・・・具現化するには丁度いいな。こりゃあ・・・・」

独り言をつぶやきながらも紗璽は歩き続ける。生暖かい風が吹き抜けていく。

闇でしか生きられないモノ達が、動き出す・・・・・・。

空気がぴりぴりとしている。肌にあたる空気が細かい針のようになったようだ。

ほとんどの思念は害はない。ただそこにあるだけの、微かに存在しているだけの靄のようなものにすぎない。人間の紗璽には触れることもできないのだが、感じることはできる。

思念と接する時に最も気をつけなければならないことは、“同情をしない”ということだった。

思念は「仲間」を探している。自分が一人ではないことを感じるために・・・・。

大体の思念はこの世に未練があったか、何か激しい感情があったかの人間から具現化された、言わば情念の塊だった。大抵、具現化する思念の本体・人間はとっくに死んでいる場合が多い。

自分の思念が怨思となって殺されてしまう場合が多くあるからだ。

本体を失った怨思は時がたてば再び思念となるのだが、後はただ闇に潜むのみとなってしまう。

本体となる人間が死んでしまっては、情の念が浄化されず消滅することも無い・・・・永遠にその感情に縛られたままこの世をさまよい続けるのだ。

だから、怨思は始末しなければならない・・・・。

紗璽は角を曲がり、歩き続け、昼間来た一軒の家の戸の前で止まった。

戸に手をかけ開ける。

「おい、お迎えに来たぜー・・・」

真っ暗な部屋に向かって声をかける。すると嬉しそうな少年の声が返ってきた。

「おおっ、サジ!!やっと来たか!!やっと外に出れるんだな私はっ。ああ~退屈しすぎて逆に疲れたねェ」

ドタドタと足音が聞こえることから、多分飛び跳ねているんだろう。どんだけ嬉しいんだと思いつつも、さっさと出ろとせかす。

足音が近づいてくる。

「ああ、お月様だよ。今日は満月だねェ・・・・いつもより気分がいいよ」

戸の中から出てきたのは、髪の長い貴族のような少年だった。透き通るような白い肌がまるで月の光を反射しているかのようだ。格好も貴族が着るような、抑え目な華やかさがある。

「おい、後ろ向け。札張ってやっから」

「はいはいー。面倒だねェ・・・こんなことしなければ夜でも外に出れないなんて・・・」

「仕方ねェだろ・・・・我慢しろ。お前のためにやってんだよ」

ピタっと札を少年の背に当てると、それはスッととけるように消えた。

これは思念が怨思にならないようにするための札だった。いつ怨思になるかどうか分からない思念は、こうでもしなければ抑えることは出来ない。

「よし、準備できたな・・・・じゃあ行くか。面倒くせェ仕事をしに」

「む、サジその言い方はいけないねェ。世のため人のため一生懸命に取り組んで・・・・」

「はいはい、ったく、んだよその寺子屋みてェな目標は・・・」

月が高く高く上がっていく・・・・・・・・

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2008年5月 2日 (金)

小説『ヒトのウラ』

 人には『思い』というものがあって、それは様々な形で使われる。

神社等で自分の思いを神様に告げたり、誰かに対しての思いだったりで、それは時と場に応じて姿を変える。

憎しみであったり、悲しみであったり、喜びであったり、愛しさであったり。

人それぞれの『思い』が日常生活の中で絶え間なく動いている。

しかし、『思い』というものは目に見えない不確かなものであり、他人の『思い』に実際に触れられた人間は多分この世にはいないだろう。

だから、不確かなものであるから、人間は気づかない。

『思い』は時に強くなりすぎることがある。

そして、あまりにも強く思うもんだから、その『思い』が自分の中から飛び出してくることがある。

自分から飛び出した『思い』は勝手にこの世を徘徊し、望んだままに行動していく。

ある意味魂のような存在だ。生霊とも言えるかもしれない。しかし全くと言っていいほどの、違う異なった存在であるのも確かなことだった。

『思い』は具現化する。そいつが強く思えば思うほど、よりはっきりと現実のものになっていく。触れられなかったものが、触れられるようになる。

だが厄介なことに、それは本人が気づかないことで、決して自分の分身ではないということ、『思い』は自分の意思で操ることが出来ないということであった。

例えばその『思い』がもしも憎しみであって、殺したいほど誰かを怨んでいるのであれば、自分が殺す気が無くても、『思い』が勝手に行動して殺してしまうことがあるのだ。

知らないところで、もう一人の自分が人殺しを行っている。自分には非が無くてもいつの間にか罪人にさせられてしまう。

罪悪感と、恐怖で狂いそうになる。

だが、これといった打開策は無い。どうやったって人間には感情というものがあり、抑えることなんて出来やしないのだから。

だったら、具現化した『思い』が災いを起こす前に止めればいい、と人間は考えた訳だ。

つまり、あらかじめ目星を付けておき、具現化したと同時に消滅させる。

簡単に言えば、具現化された『思い』を瞬時に殺すということであった。

*************************

「あっちにも、こっちにも、ギスギスした野郎ばっか・・・・・・・やってけねェな、ホント」

賑う繁華街。人ごみを押し分けるようにして、男が一人歩いていた。

長い前髪、重そうな荷物。歳は二十代前半か後半かのどちらかといったところ。

「何でそんなにウラばっかり持ってんだろうねぇ?何に不満があるんだか・・・・」

意味不明な言葉を呟きながら、人の間を上手い具合にすり抜けていく。

とても荷物を持って歩いているとは思えないほどだ。

「それだけ世の中が荒んできたって事か・・・・世も末だな」

あきれた顔で周りを見回し、ため息をひとつ漏らす。

どう見てもただの普通の繁華街。殺伐とした雰囲気はないし、皆それぞれ談笑したり、仕事をしたりといつも通りの風景なのに、この男の目には何が映っているのだろうか・・・・・

 夏がもうそこまで迫っているこの時期、お天道様の強い光と熱せられた空気に誰もが顔から汗を流している。

男も邪魔そうな前髪を搔き揚げ、微かに吹く風を顔に当てた。

今までは前髪のおかげで顔がよく分からなかったのだが、前髪を搔き揚げたことにより見えなかった部分が露になる。

透き通るような黒い瞳。青空が反射して、青みを帯びた色に見える。飄々とした中にもどこか力強く感じさせる目だ。

なるべく日陰になっているところを選びながら、男は歩き続け、鍛冶屋と呉服店の間にある狭い路地に入った。

とたんに、さっきまで騒がしかった空気が嘘のように静まり返ってしまった。まるで何か壁でもあるのかと思わせられるほど無音で、空気が緩まずにピンと張り詰めている。

男の足音が微かに聞こえるだけだった。ねずみ一匹、虫一匹いない。

どこか現実とはかけ離れた雰囲気があたりに渦巻いていた。

しかし、男は何も気にしていない様子で平然と歩き続ている。一軒の家の前で止まり、裏口のように小さく古い戸を開け中に入っていった。

中に入ると、ひんやりした空気が体を包み込む。そこは一つの大きな部屋になっており、部屋の真ん中に蠟燭の明かりが一つポツンとあるだけでかなり暗い。

男が戸を閉めるとほぼ真っ暗闇になった。かろうじて蠟燭の明かりのおかげで、室内が微かに見える。目を凝らしてみると、寺の本堂のような装飾が施されていて異質な空間がさらに強さを増し、不気味にさえ見える。

男は履いていた草履を脱ぎ、部屋に上がった。床がぎしぎしと音を立てている。

「何度も言ってるだろう?私は、明るいのが苦手なんだ。入ってくるときは注意して、って言ったのに」

突然暗闇から声がした。少年のような声が壁に当たって、室内に反響する。

「ああ、そいつぁすまなかったな。次からは気をつけるよ」

男はそれに笑って答えると、背負っていた荷物を足元にドサッと置いた。

「サジ、その言葉は何回も聞いたよ。全然気をつける気が無いんだね。それとも私に嫌がらせでもしてるのかい?」

首をコキコキと、左右に曲げながらサジと呼ばれたその男は不機嫌そうな顔をした。

「俺も何度も言ってるだろ?俺の名はサジじゃない。紗璽(しゃじ)って言うの。箸みたいに呼ぶんじゃねーよ」

「言い難いんだよ。それにお前に紗璽ってのも似合わない。お前のようなヤツはせいぜい、箸の様にこき使われてるほうが似合ってるさ」

皮肉たっぷりの言葉を返され、余計に不機嫌になる紗璽。

「てめェのほうこそ、こんな暗いところに居やがって。ここから引きずり出すぞ」

「しょうがないじゃないか。それに明るい日の下にでも出れば私は消えてしまうのだから、仕事に困るんじゃないのかい?『思念』はお天道様に好かれていないからねぇ」

それもそうだと思ったが、自分が言ったのは脅しの意味で言ったのであって、こうも普通に返されては後の言葉がなかなか出てこないものである。

「夜になれば外に出れるのだけれど、月ばかり見るのは飽き飽きするねぇ。一度でもいいからお天道様を拝んでみたいよ。サジ、お天道様ってやっぱり眩しいものなのかい?」

段々関係ない話に反れてきたようだ。話し出すと止まらない相手に、紗璽はイライラを隠せず、いや、隠すつもりも無く、話を本題に移させようときり出す。

「あーはいはい、もういいだろ?俺は用があってここに来てんだ。てめェの世間話に付き合ってる時間も、暇もねーんだよ。分かる?」

実際、紗璽が昼間から暑い中外に出てあちこち歩き回っていたのは仕事の一環で、ただ無意味にブラブラしてたわけではない。

自分は真面目に仕事を進めているのに相棒がこんなのでは話にならない。

「酷いヤツだねぇ。私だって、本当はこんな所に居たくないのに。一人ぼっちなんだから、たまには気を利かせてくれたっていいじゃないのさ」

「お前に利かせる気なんて俺には無ェ」

「あっ、酷っ・・・、お前が寝てる間に化けて出てやるからな。呪ってやる・・・・」

いや、別にお前が出てきても怖くも無ェよ。と思ったが、もう話を進めたいので無理やり本題に入ることにした。

「さっき、具現化しそうな『怨思』があった。一応、縁(しるし)を付けておいたが、今晩には始末しないといけない」

「あれまァ、最近多くなったねぇ。また『怨思』がいたのかい」

一昨日だけでも2~3ほどの『怨思』を始末したばかりだった。はっきり言ってとても疲れるし、他の人間に回して欲しいところなのだが、相変わらずの人手不足でそうも言ってられなかった。

「それだけ世の中、腐ってきてるって事だよ」

「・・・・・・・・・物騒な世の中になったもんさね」

 さて、これで伝わっただろうと思い、紗璽は再び荷物を持ち背に背負い込んだ。

「もう行くわ。また、夜に来る」

踵を返して、戸のところまで歩き草履を履いて、戸に手をかける。

後ろで、暗闇にいる自分の相棒が慌てていつもの通り叫ぶ。

「戸を開けたらすばやく外に出ておくれ!早くしておくれよ!」

「わかってるよ」

そう言って普通に戸を開け、普通に出て普通に閉めた。途中相棒が喚いたがそんなものは気にしないという感じで、ちゃんと閉まっているのを確認した後、紗璽は歩き始める。

少し足を止めて空を見上げた。

今日も空は青い。

この空を見てると、仕事の事なんか気にならなくなる。どこか清々しくなる。

「・・・・・・・・世の中腐ってる、か」

ポツリと呟き、紗璽はまた歩き始めた。

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2008年4月30日 (水)

小説『ヒトのウラ』

 この世には昼と夜ってモンがある。

朝が来て、昼が来て、日が暮れて、

夜が来る。

当たり前。それは、誰にとっても当たり前のことだった。

お天道様が東から上って、西に沈んでいくことにも誰も違和感を感じない。

それは、自分たちの日常として当たり前のことであるから

誰も疑問に思わないし、そんなこと誰も考えていない。

 では、そんな誰も考えていないことについて考えてみる。

例えば、昼と夜の違いとは何であろうか。

昼は明るい。夜は暗い。

この違いがある。それは当然のことであり、いまいち疑問にも思わない

くだらない事だ。

 じゃあ、今度はそのくだらない事について考えてみる。

昼とはただ単に明るいだけなのか、夜はただ暗いだけなのか。

少し想像してみる。

明るい日差しが差し込む道を歩くのと、暗く、提灯も無ければ全く見えない闇が広がる夜道を歩くのと

どっちがいいだろう?

もちろん周りに誰もいない状況で、一人で歩いていることを想定してのことだが。

俺なら、どっちかってーと昼間の道のほうがいいと思う。

同じ風景でも昼と夜とじゃ、全然違って見えるだろ?

昼間にはあんなに騒がしかった場所が、夜になると人っ子一人通らない

なんだか少し不気味な空間へと変わって見える事が。

別に俺は気が小さい訳でもないし、夜が怖いわけでもない。

いい歳して夜が怖いだなんていったら笑われ者になっちまうよ。

 でも、夜に見える風景は昼の風景とは全く違う顔を持っているように感じてしまう。

いや、実際持っているのかもしれない。闇に潜んで何かがいるのかもしれない。

夜は何も見えないからこそ怖い。どうやら、見えないというのは、直接人間の恐怖につながってるようだ。

暗闇の中に人は勝手に何かが紛れている事を想像し、勝手に恐怖する。

ホントは、夜に提灯を持って外を歩くのは、明るくするためだけではなくて

恐怖から逃げるための物でもあるかもしれない。

明るくして、昼間の安心感を常に傍に置いているだけなのかもしれない。

 見えないモノ。想像することで通して見る恐怖。

もし、闇の中に本当に自分たちが知らないモノがあったら・・・・・・

そのとき人は提灯以外の何で安心感を得るのだろう?

《絵描きの男》

 今日も江戸は真っ青な空に包まれていた。

見上げれば、眩しいお天道様が人間どもを見下ろして暑い日差しを照り付けている。

かすかに香る夏の香り。

梅雨が明けて本格的な暑さが今年もやってきた。

外に出ていれば首筋がヒリヒリするこの夏の日差しから逃れようと、茶屋等に人が殺到していた。

涼しい屋根の下、人間と人間同士が「暑いですねー」と、定番の会話を交わしている。

言われなくても誰でもわかっている事だが、自然とそれだけでも会話が成立してしまうという、なんだかどこか不思議な、でも当たり前な光景が何処でも見られ、

ああ、やっぱり夏が来たのかと改めて実感することが出来る。

そんな同じような光景が見られても、やはり人は十人十色ということで様々な人間が居り、例えば茶屋の店先に座っている男は何やら紙に筆を走らせていた。

この男、年は二十代前半か後半かのよく分からない顔立ちをしていて、真剣に何かを書いているようだが、真剣そうに見えない。

前髪が長く、ほぼ目にかかっていて邪魔そうに見える。格好もいい物でもなく、麻の着物を着ていて、とても武士や不逞浪士とは程遠い。

傍らに大きな荷物が置いてあるが、旅でもしているのだろうか。

 一人の幼女がやって来て男の書いているものを覗き込む。母親と一緒に茶屋に来ていたのであろうか。大人たちで話し込んでいるため、退屈になっているらしい。

男のしていることをしばらく見つめた後幼女は今度は男の顔を見つめた。

「何書いてるの?」

興味津々な目で男の顔を見る。

その問いかけで筆を止め、男も幼女の顔を見た。

俯いているときには上手く見えなかった顔が、幼女を見て顔を上げたことにより少しは目まで見えた。

そして、やさしく微笑んだ。

以外に人柄はいいらしい。

「絵を描いてんだよ」

再び筆を走らせながら、男はそう言った。

「何の絵?」

幼女がキョロキョロと周りを見回している。どうやら、男が描いているものを探しているらしい。

「ホラ、あそこの蕎麦屋の前で話してる女の人がいるだろ?黄色い着物の人だよ」

「ふーん。何であの人を描いてるの?」

また、幼女に問いかけられた男だったが、少し考え込むようにしてしばらく押し黙った後、少し笑ってこう答えた。

「ウラが・・・・見えたから、かな?」

ウラが見えたからだと、男は言った。

幼女はわけが分からないというように、首をかしげた。

「変なの。ウラって何?」

その幼女の問いかけにも少し困ったような顔をした男だったが、幼女の頭をポンポンと軽く叩き

「そうだなァー・・・・お前さんがもうちょっと大きくなったら、分かることだよ」

と、言って笑った。

「えー、今知りたいよー」

幼女は頬を膨らめる。男の出した答えが気に入らなかったらしい。

それを見た男が何を思ったのか、ちょっとだけな、と言って描いた絵を幼女に見せた。

「おじさん、絵下手ァー。あの女の人こんな顔じゃないよー」

見せた絵に描かれていたのは、般若の面のような形相の女だった。

とてもじゃないが、本物とは似ても似つかない顔だ。

「おじさんって・・・・俺まだ若いのに・・・・」

男のほうは違うことでショックを受けたらしい。

「おじさーん、何でこの女の人怒ってるの?」

幼女は気にせず無邪気に問いかけてくる。別に幼女に全く悪気は無い。

「おじさんは止めようね・・・・・・うーん、俺の目にはこう見えたんだよ」

幼女は、じっとその女を見た。しかし、いくら見ても男が描いた絵のような顔に見えない。

「さてと、絵も出来たことだし・・・・。ホラッ、お前さんも母ちゃんのとこ戻りな」

男は筆や紙を入れ物にしまい、傍らにおいてあった荷物を手に取った。茶屋から出るらしい。

「うん。おじさん、何処行くの?」

男はまた、迷ったような顔をしたが、すぐにさっきの笑顔をむけて口を開いた。

「そーだなァ・・・・お前さんみたいな可愛い子を守るための仕事に行くんだよ」

幼女はうれしそうな顔をして、男の顔を見上げた。

「そっか、お仕事頑張ってね」

「おう、また会おうな」

男は歩き出す。後ろを振り返ると、幼女が手を振っていた。男は小さく手を振り替えし、

人ごみの中に消えていった。

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